プライドを捨てるためにやったこと
以前に持っていたすべてのプライドを捨てなければいけない。
最近、強くそう思うようになりました。
なんだかんだで、私にはまだプライドがあると感じたのです。
名刺や企業名を出せばちやほやされ、周りからもてはやされる
給料も良くて、同年代よりもはるかに経済的に安定していた自分
そんなのはすべて過去の話です。
今の私は、昇給2000円/年のしがないサラリーマンです。
それをもっと自覚しなければいけないと思ったのです。
そんな私が考えた、プライドを捨てる最も有効な手段。
それは形から入ることです。
つまりは見た目を変えることです。
今の自分の置かれた立場を客観的に考え、自分にピッタリな服装をすることにしたのです。
結果、どうなったかといいますと…
とてもみすぼらしい恰好に落ち着きました。
ボロボロのシャツに古びたズボン、穴の空きそうな靴。
行きついた結論は、衣服代にそこまでお金を使えるような経済力ではないと思ったのです。
それゆえ、形から変えていこうと決意した日から、衣服は最低限もしくはそれ以下のお金しか使わなくなりました。
そうして、ボロボロでみすぼらしい恰好の私が出来上がりました。
普通は逆ですよね。
他人は相手の腕時計や靴をよく見ている
なんてよく言われるように、いかに他人によく見せようかと考えるかと思います。
私は逆です。
今の自分の経済力にピッタリの服装を選んだ結果、腕時計はしないですし靴はボロボロです。
それが嫌ならもっと経済力をつけるためにがんばらなければいけないのです
私の友人に、全財産の8割を使ってロレックスを買った友人がいます。
決して裕福ではないのですが、腕時計と靴だけは良いモノをつけたいと豪語しています。
そんな友人と私とはまさしく逆でしょう。
友人は良いモノを身に着けたら気持ちも上向いていくと考えるタイプで、私は今の自分を反映させるモノを身に着けて奮起していこうと考えるタイプです。
ボロボロの恰好をしてから見えるもの
ボロボロの恰好をして過ごしていくうちに、いろいろなことが見えるようになってきました。
まず感じるのは、他人の対応の違いです。
例えばコンビニ1つを例にとっても全く違います。
接客が雑と言いましょうか、見下されているような対応をされることがあります。
また、ボロボロの恰好を毛嫌いしているのか、小銭を放り投げるように渡されることもあります。
スーツ姿やピシっとした恰好をしていたときとはまるで別物です。
同じような経験が、飲食店や娯楽施設、はたまた役所の手続きですらありました。
役所に行ったときなんて、まるで無知なバカが来たかのような対応をされましたしね。
でも、いろいろ経験して気づきました。
他人は人を見た目で判断し、皆は他人から嫌われないよう見栄を張ったりよく見せようとするのです。
あたりまえじゃん^^;
と思いますか?
まあ実際、私もそう思っていましたが、自身で実践してみますととても身に沁みました。
ただ問題は、そんなひどい恰好が今の私の経済力を反映させた結果だということです。
徐々にプライドはなくなっていきましたが、逆に自虐感にのまれないようにしなければいけないなと思いました。
とりあえず、昇格でも何でもして給料を上げなければ話になりません。
ちなみにボロボロの恰好で街を歩いていると…
今、お時間ありますか?とてもお金がもらえるおいしい話があるんです!
と呼び止められたこともありました。
見た目から判断されたのでしょうか?完全にお金に困っている人に見えたようです。
まあ、お金に困っている点では嘘ではないですが、何といいましょうか…
今までには経験しなかったことです。
見た目が違うだけで他人から接し方、接してくる人間が違ってくるんだなと実感しました。